レイキの発霊法で


レイキの生徒さんから、こんな質問をいただきました。
 
Q・レイキ実践中に感じたことで、質問させていただきます。
発霊法をほぼ毎日、行っていますが、3度程、鎖骨の下あたりを
手のひら、または指で押されているような感じがすることがありました。
 
エネルギーというより、人が指・手で押す感じに似てたので、
ちょっと怖く感じました。
 
次からは、「この前と同じだ~」と思うせいか、怖くなく、
霊とかの(?)危険な感じ、
まがまがしい感じもしないので、淡々と続けています。
 
こういうことも、あるのでしょうか?
また、どういう意味、どうゆう理由があるのでしょうか?

(発霊法とは・呼吸瞑想法の一つです。
静かに座ってレイキエネルギーを全身に満たす呼吸をします。
ストレスを解消し、心身を浄化する、レイキの代表的な技法の一つです。
気感が開発される効果もあり、エネルギーの感覚が磨かれます。
脳波が数分でα波になる心地良さで、おすすめです)
 

A・…さて、こういった感覚の理由は、発霊法を続けた効果で
気(エネルギー)を感じる感覚が次第に鋭敏になってきて、
自分の肉体の五感と同じように、身体を取り巻くオーラの感覚や状態が
感じ取れるようになってきたということだと思います。
 

こういう時、まずは、Sさんがどう感じているかということが
どういうものか ということの一番重要な判断基準です。
 
‥いくつものエネルギーの層が、肉体を取り巻いているのはご存じですよね。
 
そして、すべての人をそれぞれ見守っている存在(ご先祖さんやサポーター)が
誰にでも複数いるってことも、レクチャーで和田がお伝えしました。
 

そのあたりの研究が盛んな英国では、
オーラと、目には見えない守護者との関係を、こんな風に説明しているそうです。
 
ストレスを受けた時、オーラも肉体と同じように、
ギュッと収縮してこわばった感じになり、
ホッとリラックスしている時は、オーラもゆったりと広がっている。
 
そして、目には見えないガイドスピリット(ご先祖始めサポーター)さんたちは、
そのオーラの中から私たちを応援することができる。
 
ただし、オーラが縮こまっていると、いくら応援したりヒント(インスピレーション)を
送りたくても接触できなくなる‥と。
 

これは、心に余裕がない時、周りからアドバイスをもらったとしても、
耳に入らないってことと同じかもしれません。
 

感覚が鋭敏になっていると、サポーターの働きかけを
実際に触れられているように感じ取れることは、よくあります。
 
何年か前のこと、大阪のスクランブル交差点で歩いていた時、
直進方向だけにはなぜか、見えない壁で阻まれて進めなかった体験があります。
(そのまま真直ぐ歩き続けたら、NGだったのかな…?)
 
また、周囲にいる人の影響を無意識の領域で受けてしまうことがあります。

先日、商業施設で激怒しながら携帯に怒鳴りつつ歩いてくる人に出くわしました。
まったく面識のない女性の感情が、周囲の人にどんな波紋を及ぼすことか‥。
心地よくはないし、からだも心もオーラまでもギュッと収縮してしまった感じがありました。
行き会っただけの突発的なケースでは、その後まで尾を引くということは、
あんまり無いのは幸いです。
 
けれど、頻繁にストレスに直面していると、どう自分をケアするかがとても重要になります。

日々、心身を健やかに整えるということが、きっともっと深いところにも波紋を広げて
個人だけじゃなく、集団意識にまで影響が広がっていくってことがあるかもしれません
 
最近は、瞑想や座禅、ヨガなどなどがごく普通に知られてきて
心をどうすれば整えられるかってことが、世界中で話題になってきています。

WHO(世界保健機関)でも、心と体と霊性で人は成り立っているということを提唱しています。
 
意識的に呼吸をしたり、発霊法をしたり、適度な運動をしたり、
レイキでケアすることも、自分の波動を良い状態に整えて維持しやすくする方法です。
 

質問をいただいてから、思案してるうちに思い出したことがあります。

小学高学年の頃、クラスの友達の家に初めて一人で遊びに行った時、
無意識に自分のオーラを広げて、そのお部屋に馴染もうとした感覚を思い出しました。
 
なんとなくリラックスして、そうやってみると
初めての部屋にゆったり受け入れられてることと
居心地が良かったのを、覚えています。
 
いくこ
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レイキって

 
私は、平成10年にレイキと出合いました。

その頃、親しい友だちが突然亡くなって、大きなショックを受けました。
そのことがきっかけになって、今振り返ると、明らかに方向性が変わりました。
 
実は、人に触れられること・触れることが、自覚は無いものの苦手だった
私がどういうわけだか、ソフト整体を習うことになって…

あれは、自分でも不思議な転換期でした

当然、習い始めるとすぐに、相手のしんどさを身をもって感じるってことになりました
それは、あんまりうれしくないので、どうしようって思ってたら
いつも行く本屋さんで、ふと手にした本がレイキの本でした。

ちょっと面白そうなので、買って帰って一気読み。
読み終えた時には、レイキティーチャー志望がかたまってました

緑が一杯のいなかで育った私は、子供の頃から里山や田んぼで遊んでて、
植物や動物や土がとても身近でした。
 
本を読んで、レイキをごく自然なものと受け止めたのは、
子どものころから無意識に、自然のエネルギーに触れてたからかもしれません。
 
レイキは、この世界にあふれてる、とても身近で豊かで明るくて
心を軽くしてくれたり、身体の成長や修復を助けてくれたり
自分と、自分を取り巻くすべてを、良い方向に導いてくれるエネルギーです。
 
レイキのアチューンメントは、レイキの回路を新たに作るのではなくて、
本来の阻害されてない状態に戻すってこと。

大人になるにつれて、知らないうちにため込んだ思い込みや感情や
自分を制限する観念。

それらがまた、相互に影響して身体の循環の悪さにもつながってるのだけど、
アチューンメントをきっかけに、少しずつほどけてクリアになっていきます。
 
アチューンメントを受けてから、自己ヒーリングを続けることで、
自分を本来の状態に整えていくこと。

そして、自己ヒーリングや周りにヒーリングすることで
エネルギーの感覚が磨かれていきます。

そうすると、ますますレイキが面白くなって
 
レイキは、ヒーリング&自己成長をうながしてくれるエネルギーです。
世界中の誰もが、ごく普通に無意識化で取込んで、使って、排出している
循環しているエネルギーです。

もっともっと沢山の人が、レイキを楽しめるように
なごみところも、貢献できるとうれしいな

いくこ

レイキアチューンメント

 
98年にふと手にした本でレイキを知りました。
本を読み終えたときはすでに、レイキティーチャー志望だった私。

それから待つこと1か月。
大手のセミナー会社の、新大阪でのレイキセミナーに参加しました。
 
5月23日にレイキ1(ファースト)
24日にレイキ2(セカンド)を受講して、
年末にはレイキティーチャーとして、受講生にアチューンメントを
させていただくことになりました。
 
仲間と十分練習をして、さあ当日。
 
その日、担当させていただくことになった5人の方たちの、まずお1人目。
生涯で初めての、アチューンメントです。

自分を整えて、レイキをお伝えするための通路になることを意識します。
とはいっても、やっぱり緊張します!!
 
その方の後ろに立って、さあアチューンメント…という時、
背後から柔らかなエネルギーが、すっぽり私を包み込むのを感じました。
まるで、天使の羽根にくるみこまれたみたいな…って恥ずかしい表現でごめんなさい!
 
その時、アチューンメントって、限界のある人間がするわけじゃないんだなぁって
とっても安心しました。

自分はただ、エネルギーの通路でいさえすればいい。
その流れに、ただ素直にしたがってるだけ。
 
気負いも、なんにもなくなって、アチューンメントを楽しんでいました。
 

アチューンメントの時間って、
受け手(受講生)と与え手(ティーチャー)に見えるかもしれないけれど、
お互いの役割・立場を超えて、そこには、エネルギーの交流があります。
それは、往々にして心地よくて温かです。
 
自分とか相手とか、時間の感覚もなくなって、ただ心地良い感覚。

初めてレイキのアチューンメントを受けられる方の、
ファーストの1度目のアチューンメントは、ティーチャーとして毎回 鮮烈な感覚を味わえます。
 

エネルギーの感覚がわかるようになってきた頃、アチューンメントをしていると、
例えば、受講生の頭頂チャクラが、息をしているように開閉しているのを感じたり…。
何かが解き放たれる感覚を共有することが出来たり。
 

レイキのアチューンメントを受ける方には、どんな感じがするんだろうかって、
期待や不安や、ほんとにいろんな思いがあるでしょう。

すんごい!神秘体験を妄想してるとか、
別人に生まれ変わってしまうんじゃ…とか。

んふっ、たしかに中にはそんな特別な体験・体感をする人もあります。

でも、アチューンメントの目的は1つ。
誰もが元々標準装備のレイキの回路を、まずはお掃除して調整すること。
 
不思議な感覚は、感じることもあるし、特に無いこともある。

きれいな色(光)が見えたり、身体が自動調整される動きがあったり。
なんだかしらないけど、涙が出たり、とっても愉快になって笑っちゃったり。

レイキエネルギーの流れの中では、ほんとに必要なことしか起こりえません。

一番多い反応は、なんだか安心してて穏やかな気持ちで、うつらうつらした感じ。

レイキエネルギーに全部預けて、心身のエネルギーを調整してもらいましょう。

そして、子供の頃から実は身近なエネルギーだったレイキと、また仲良くしましょう。
 

自分と、まわりのみんな、環境、手にするもの・目に入るものすべてをヒーリングしていけば、
少しずつ過ごしやすくなります。

一番の限界は、自分が作り上げた認識なのかもしれません。
アチューンメントを受けた後は、ちょっとずつでもヒーリングを楽しんでくださってるといいな。

もしかして、ずーっと前に受けたことあるけど、すっかり忘れてたって方もあるかしら。
だとしても、思い立ったが吉日です。

今日・今からまた、まずはご自分に手を当ててみてください。
レイキの良いところは、またその時から始められるってことだから。
 
 
ヒーリングの力は、誰にでもあって、活性化してないときは、眠ってるだけ。
レイキを役立ててくださいね。
いくこ

はじめまして、なごみところです

2002年 夏
 
エサレンマッサージの練習用に部屋を借りた時から、
なごみところの活動が始まりました。
 
それまでは、公共の施設や、依頼してくれた人に場所をお借りして
レイキ伝授やヒーリングセッション、ヒプノセラピーをしていました。
 
この部屋に、パートナーと初めて入った瞬間
陽あたりも、風通しも良い環境が、2人同時に気に入って、即決でした。
 
それからいつの間にか、12年。
 
これまでのこと、これからこと。
 
レイキ
エサレン
ヒプノ
 
二人で、折々に書いていこうと思います
 
 
 
 

 

なごみのレイキ&ヒーリングを楽しむ会



久しぶりのご要望開催です。
今回は女性が3人。

軽いストレッチを交えて、身体をほぐして
まずはトーニングをしました。

みんなの声の響きが、幾重にも重なって
ハーモニカやパイプオルガンのよう‥

だんだんと呼吸も深くうんと楽になっていました。


そして、みんなのエネルギーバランスを整えてから、
エネルギーを同調&アップするレイキの輪

掌が痛いぐらい活性化して準備完了です。

みんなの輪の中に、順番に入ってもらって
インナーチャイルドヒーリング。


たくさんの涙や、胎児の頃の穏やかな安心感など
それぞれ十分に体感していただきました。


最後の仕上げは、横になった一人をみんなでヒーリング。
今日は15分ずつ、ゆっくりと。

ヒーリングは、だれでもに元々備わってる能力なので
ほんとに自然にできることなのです。

その人に心を向けて、優しく手で触れる。
ただそれだけ。

ヒーリングを受けとること
ヒーリングをすること

両方を体感して、与えることも受け取ることも
実はつながってるってことに、みんなが気付けるといいな。

特別なことではなく、ごく普通に。


21日間は、ヒーリング能力が活性化しています。
ご自分にも周りにも、手を当てること、
ヒーリングでつながってる時を楽しんでくださったら嬉しいです。

ご参加、ありがとうございます!

狂言は桜の舞台で



船詰神社で奉納公演
神社の社殿と満開の桜が彩る舞台という
飛び切り豪華な奉納公演

夕闇が濃くなる境内に身を置いていると、ライトで照らされる桜が次第に気配を濃くして
華やいだ気持ちが盛り上がってきます。

場が神社だけに、まずは宮司さんの四方祓いの儀
サッと場が引き締まりました。

まずは、
神事 鎮魂延年の舞 黒い媼(くろいおうな)が
和泉流狂言師の小笠原 匡 氏によって奉納されました。

芸能の原点である荒神信仰に立ち戻り、
地鎮・鎮魂の心で舞うとの解説がありましたが
まさに、空気が変わる力を感じました。

笑顔のおばあさんの黒い面に腰にまで届く長い白い髪
白い装束に中腰で、腕を掲げた姿勢。

土地の精霊・荒神が顕現してるようでした。
ふうっ‥ほんと、厳かでした。


そして、お待ちかねの狂言は「蝸牛」
このお話は、
ある家の主人が、長寿の薬となるかたつむり(煎じて飲むんですって!)を祖父の献上したいと思い、太郎冠者に捕ってくるように命じます。
ところがこの太郎冠者は、かたつむりを知りません。
そこで主人は、太郎冠者にかたつむりというものは、
藪にいて、頭が黒く、腰に貝を付け、時々角を出し、
なかには、人間並みに大きい奴もいると教えます。

合点した太郎冠者が藪に着くと、黒い頭巾を被って寝ている山伏を見つけます。
主人に教えられた通りのその姿に、かたつむりだと思い込んで声を掛けます。
太郎冠者を単純な男と見てとった山伏は、ひとつ、からかってやろうと考えて‥

愉快な前説のおかげもあって、見る体制が万全だったので、お話にググッと惹きこまれてました。

ほんとに良い場で良い時を過ごせた船詰狂言。
来年も楽しみ